「家裁が関与するなら賛成できるが」
見つけました。家裁の許可をご提案された方は誰だったのか。実は私も気になっていたのです。
長年、自民党内で夫婦別姓制度については攻防が続いているのですが、2年前には議員立法で家裁許可を要件とした制度へと形を変えました。当時、この家裁の許可という要件は衝撃的でした。なぜ?という必要性も疑問でしたが、誰が?と提案者も謎でした。
唯一のヒントが野田聖子氏のWebサイトに記された「反対派からの提案もあったから」でした。
第二に、法務部会で、夫婦別氏制度反対の議員から「婚姻において夫婦が同氏であるとの原則は崩さない。別氏はあくまでも例外であり、その例外性が明らかに判るように、例えば家裁での許可を要件とするような法改正であれば賛成できる」という発言があったからです。
(野田聖子Webサイト「ひとこと」平成14年7月24日)
しかし実際に誰が法務部会で提案したのか謎でした。でも、ついに見つけました。
企業のための法律相談「lalalaw(ララロー)」のNews
[2002-07-01] ◆別姓法案で賛同者集め 議員立法で自民推進派
「家裁が関与するなら賛成できるが、政府案は名称だけ『例外的夫婦別姓』で、実際は歯止めがない」(西川京子衆院議員)などの指摘もあった。(共同通信)
西川京子議員でしたか。歯止め、ですか。
この指摘はまだ自民党法務部会にて政府案を検討していた時に出た発言のようです。ただ、この発言の後に、家裁許可を盛り込んだ法案が登場することになりました。野田氏ら推進派はこの西川氏が要望する「家裁の関与」を受けいれ、大幅に譲歩して新バージョンとなる議員立法の夫婦別姓法案を提案したのです。
西川氏は、雑誌「諸君!」2002年3月号にて高市早苗氏や山谷えりこ氏とともに「クタバレ夫婦別姓」と題した対談記事に顔を並べるなど、反対活動に積極的だったひとりです。
そういえば、家裁許可制度が出てからは反対議員に西川氏の名前は見つかりません。本人のWebサイトにも夫婦別姓の「ふ」の字も見当たりません。ご自分の提案が法案に盛り込まれたのですから、提案理由を公に語ってもよさそうですけど。
家裁許可は譲歩しすぎだという意見も多く聞きますが、反対派に容認してもらうまではいつまでも状況は変わりません。そう考えると、西川京子氏は「家裁許可案の母」であり、両者歩み寄りができた功労者(?)のひとりともいえます。いまは黙認してくださっているようです。
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Comments
なるほどねえ...
西川氏だったのですね。
ああ、でも、よくつきとめましたねえ...(さすがです。)
Posted by: たんぽぽ | October 15, 2004 at 11:57 PM
私は家裁の案が出る前の経緯はよく知らないので、西川氏が反対でご活躍なさっていたなんて今回初めて知ったようなものです。たんぽぽさんのサイトにある諸君のバックナンバーがヒントになりました。ありがとうございました。
ついでですが「諸君!」2002年03月号は文藝春秋サイトからはバックナンバーが検索できませんが、神田外語大学附属図書館の書庫一覧で確認できました。タイトルは「クタバレ「夫婦別姓」 ネコ撫で声の「男女平等」に騙されるナ!」のようです。
神田外語大学付属図書館
http://library.kuis.ac.jp/
Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | October 16, 2004 at 02:10 PM
わたしのささやかなサイトが、お役に立ったのね...
(うれしいです。)
わたしも、貴サイトは、よく参照させていただいております。
(これからも、情報交換しましょうね。)
Posted by: たんぽぽ | October 20, 2004 at 09:02 AM
夫婦別姓賛成派と思われるこのホームページはどうも国のことを考えていないように受け取られます。自分自身のみのことを考えているようで、日本の国のことはどのようになろうとも構わないという姿勢が感じられます。
Posted by: 天下の無法松 | August 31, 2005 at 09:45 AM
ご訪問とコメントありがとうございます。
この国の現状に合うように婚姻制度を改善すれば
それはこの国のためにもなると思います。
夫婦別姓を必要とするカップルがいるのに法制化を阻む
ことは、そのほうがむしろ独善的のようにも感じます。
Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | August 31, 2005 at 12:21 PM