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September 13, 2004

悩ましい表記

 改めて戸籍における氏名表記は罪深いなあと思う次第です。戸籍法13条では、戸籍に記載する事項として各人ごとに「氏名」等と定義してありながら、氏と名は並んで記載されていません。しかし氏名が記載されていないとは言えません。

 私も疑問を抱えています。現在の戸籍は戸籍法13条を正確に満たしているのかと法務省にメールで質問してもお返事はありません。現時点ではなんともビミョゥです。手書きにて書類を管理していた時代に事務処理を合理化した結果なのか、ある種の攻防の名残なのか…。

 しかし、誰もが氏と名を持つのは確かです。

 家名の存在についてもビミョゥな余地が残されていると思います。戸籍を見ても、氏のみ記載される「家名」欄は見当たりません。代わりと誤解されがちな筆頭者欄には氏に加えて名まであり、さらに戸籍法が定める記載事項になぜか筆頭者は含まれていません。なんにせよ、筆頭者欄を家名欄と断定するのは厳しいと思います。

 民法や戸籍法を見ても、家名に値する用語が見当たりません。「夫婦の氏」も「父母の氏」も「家名」には足りないと思います。ですが、同一戸籍には1つの氏しか存在しないような仕掛けになっています。なぜなら氏のルールは民法750条で「夫=妻」、民法790条で「父母=子」となっているからです。

 かろうじて同一戸籍上の全員が同じ氏を持つものの、この共通の氏を戸籍上の家名と解釈するのは法的な根拠に欠けます。(そう思いたい人はいるのでしょうけど。そこがまた核心のようでもあり。。。)

 ところで戸籍に家名があったとしても、法的にどんな用途で使うのでしょうか。墓?結婚式?土地の所有?遺言? まさかね。

 家族としての体や法的な効果を考えるのであれば、大切なのは集団を示す家名よりも、むしろ法的な続柄ではないかと思います。法的な続柄における夫婦の氏の同一性ってそんなに大事なことだろうかと私にはいまだに釈然としません。

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Comments

 たぶん、「戸主」を中心とした様式だったときの名残でしょうね。
 食い違いが起きたのは、
1)民法の改正でばたばたする中、食い違いに気が付かなかった。後で気づいたが今さら訂正できないのでそのままになっている。
2)世間の目(革新政党もGHQも)がひかっている法は個人中心のような体裁にしたが、実務で「家」の体裁を残した。
 さあ、どちらでしょう?(笑)

Posted by: トール | September 17, 2004 11:07 AM

トールさん、たびたびありがとうございます。
まさに同じような疑念を抱いています(笑)。

戦後に戸籍の構成単位が変更された背景には、家父長制を廃止した民法改正の他にも実務上の事情があったのではと私は推測しています。戸籍を個人単位にするように指導されたが、転記作業の多さや紙不足でこれ以上分割できなかったとか。不確実な伝聞混じりですが、さもありなんと思えてしまいます。加えて各人の父母を記録する確実性と合理性確保も考えたら現状の夫婦+子という単位が落としどころだったのかなとか。あくまで推測ですが。

戸籍実務を説明くださった人からは「戸籍は戦後にリニューアルされたのです」という趣旨のことを聞きました。ただし意識下には連想や混同が多く混在していると思います。正しい実態の理解が大事だなと思いました。少なくとも体裁に惑わされないようにしないと、理論が的外れになってしまいます。法的な根拠を正確に把握すべきだとつくづく思います。

Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | September 17, 2004 01:31 PM

こんにちは、たんぽぽです。

台湾で、日本統治時代からの戸籍を使っているのは、
戦前の世代までだそうです。
戦後からは、個人単位の身分登録になっているそうです。
(やはり、そうでないと、不便なのでしょう...)
こうした事情を見ていると、戦後すぐに、身分登録を個人単位に移すのは、
かならずしも不可能ではなかったのだと思います。

戦前は3世代だった戸籍が、2世代に変更されたので、
「戦後リニューアルされた」というのは、まちがいではないですが、
あえて個人単位にしなかったところは、恣意的なものがあると思います。

紙やインクがたりなかったから、というのは、
まったく無関係ではないにしても、表向きの理由のような気がします。
(物資が豊かになっても、戸籍のフォーマット変更は、なされませんでしたし。)


敗戦のすぐあとに、戸籍制度をどうするかについて、
発言権を持っていた人たちはだれなのか?
それは、敗戦で否定された、戦前のイエ制度世代ではなく、
おそらく、つぎの時代の高度経済成長期をになう、
「新しい考え」の人たちだったのではないかと思います。

彼らの理想は、彼らの時代に典型的な「核家族」だったのでしょう...
ゆえに、戦後の戸籍は、彼らの「理想の家族」をあてはめるのに
都合のいいフォーマットになったのだと思います。
(このあたりに、戸籍が中途半端な改変しか
なされなかった理由があるのでは?と、わたしは思うんだけど...)

彼らは、いまの戸籍制度によって、
自分たちが信じている「理想の家族」が「正しい」という、
「御墨付き」をもらっているつもりなのかもしれないです。

戸籍のフォーマットを作り変えることは、
そうした「幻想」が、打ち壊される気がするのでしょう。
彼らが、法的が議論を無視して、不可解で理不尽な反対をするのは、
戸籍制度によって、自分たちの「理想の家族」という「幻想」を、
守ろうとしているからだと思います。

Posted by: たんぽぽ | September 17, 2004 06:06 PM

さすがたんぽぽさん、お詳しいですね。

過去の経緯は情報不足なので深入りはできませんが、戸籍に関する攻防はかなり根深いのだろうなと推測しています。

フォーマット変更といえば戸籍の電子化によるレイアウト変更がかなりの見た目の変化を伴うと感じていますが、たんぽぽさんがおっしゃるフォーマットとは同一戸籍に何世代を含めるのかということですよね。(理想の?)生活単位における人の集合と公的書類における人の集合にいかほどの関係性があるのか私にはよくわからないのですけれど。

どうも同一公的書類に名前が並んでいることが重要視されがちですが、続柄はどうなんでしょうね。

Posted by: 夫婦別姓を待つ身 | September 17, 2004 11:55 PM

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